オクラみたいなメガネ

オクラ合同会社の運営する社内製造メガネブランド「RUISM」と「眼鏡ノ奥山」での日々の出来事を書くブログです。

オクラ合同会社の運営する自社ブランド「RUISM」と「眼鏡ノ奥山」は

完全自社内製造のメガネブランドです。

日々の制作で感じることや考えていることを書いております。

御注文をいただく前に御覧いただければ幸いでございます。

 

世界の中心でメガネを叫んだけもの

迷惑な二輪運転をする集団の呼称を「おならプープー隊」にすれば「暴走族」が減ると論じたのはみうらじゅん氏。各メディアが徹底して彼らを「おならプープー隊」と呼べば恥ずかしさと馬鹿馬鹿しさで、確かに暴走行為も減りそうです。
最初に彼らを「暴走族」と名付けた人が暴走族ではなく「おならプープー隊」としていれば世の中が少し面白くなっていたかもしれません。

 

ここでふと疑問が浮かびます。
「眼鏡」という言葉・呼び名は何故どのようにして付いたのでしょうか。

眼鏡は日本で発明されたわけではないので日本に眼鏡が伝来したときには「めがね」とは呼ばれて居なかった筈です。
更に「鏡」の字は「かね、がね」とは読まない為、後付けの当て字ということになります。となると最初に英名「a pair of glasses」を「眼鏡(めがね)」と呼び出したのは一体誰…!?

 

        

 

眼のための鏡、眼にかける鏡、だから「眼鏡」と表記するのは納得できても、じゃあソレを「め がね」と呼ぼう、は上記の漢字の読み的に成り立たないんですよね。
当時の日本人が英語を理解できず、耳に残った外国言葉を日本語漢字に当てた和製外来語は多々ありますが「グラス」を「めがね」と聞き間違えるには無理があります。

そもそも眼鏡が日本に伝来したのはフランシスコ・ザビエル云々という話もありますのでスペイン語で「Gafas(ガファス)」が変化して「めがね」に…むむむ、考えづらいです。

 

結論としては方々調べてみたのですが結局は分からず終いでした。

 

 

             

 

所説ありすぎて外国から伝来した際に眼鏡をかけていた人の名前が「Megane」さんだった、なんて事もありえそうです。

散々引っ張っておいて答えがなくて申し訳ないのですが、「答えが出ない」のが「答え」と聞くとちょっとカッコよくないですか。

何百年も前から今日まで「めがね」と呼ばれ続けた背景には必ず起源があると思います。一体めがねは何時からめがねだったのか。

めがねめがね言いすぎてゲシュタルト崩壊しかけてきたので今日はこの辺で。

ちなみに「眼鏡ノ奥山」はもとより「ガンキョウ ノ オクヤマ」が正しい読み方になります。